はじめに
秘密はね、最後に明かされるんだよ。
『アイの歌声を聴かせて』めっちゃいいですよね、nikkieです。
座長としてガッツリ関わったPyCon JP 2021についても秘密を明かしていこうと思います。
今回は「ハイブリッド開催」についてです。
※こちらは、PyCon JP 2021 Advent Calendarの2日目の記事ということにしちゃいます!
目次
- はじめに
- 目次
- 簡潔に明かすと
- 2020年10月頃の考え:オンライン開催
- 最良の場合に何が得られるかで判断する楽観主義(『エンジニアの知的生産術』)
- 2021年に入った時点の考え:ハイブリッド開催に挑戦したい
- 脱線:強化学習、そして、両利きの経営へ
- 終わりに
簡潔に明かすと
- 座長に立候補した時点ではオンライン開催でスタッフに相談する予定でした
- 『エンジニアの知的生産術』を読んで最良の場合に何が得られるかで判断する楽観主義を知りました
- その楽観主義で考え、最良の場合に得られるものが大きいハイブリッド開催への挑戦をスタッフに相談することにしました
2020年10月頃の考え:オンライン開催
PyCon JP 2021の座長に立候補した時点1(2020年9~10月)ではハイブリッド開催は考えていませんでした。
「2020同様オンラインでやるのを他のスタッフに相談しよう」くらいの気持ちでした。
2021年10月という開催日も決まっていなくて2、「あまり時間をかけずに形態と日を決めて、早く動き出さなければ」という気持ちでした。
最良の場合に何が得られるかで判断する楽観主義(『エンジニアの知的生産術』)
第2章「やる気を出すには」の中の「不確定要素がある場合の大小関係は?」で知った考え方です。
以下は読んで私が理解したことです。
この章自体はタスク管理について扱っています。
多くのタスクは結果が不確定で、実行してみないとどの程度のメリットが得られるか分かりません。
メリットの分散が大きいタスクもあれば、小さいタスクもあります(やってみないと分からないので、メリットについては見積りという認識です)3。
そのようなタスクの中でどれを優先するかを判断する方法について論じています。
書籍で紹介されているのは「最良の場合に何が得られるかで判断する」方法です。
平均のメリットではなく、最良のメリットです。
メリットが数値化できるとして、タスクAは0〜80(平均40)、タスクBは40〜70(平均55)とします。
このとき選ぶのは、最良の場合のメリットが大きいAとなります。
では、なぜ平均を採用しないのでしょうか?(Bの方が平均のメリットが大きいですよね)
平均を採用しない理由は勘違いと関係します。
勘違いには2種類あります。
種類 | 説明 | 例 |
---|---|---|
悲観的な勘違い | 現実よりも悪い方向に勘違い | 当たり確率が高いスロットマシンにも関わらず、数回の試行が全て外れた。そのために、当たり確率は0に近いと勘違い |
楽観的な勘違い | 現実よりも良い方向に勘違い | 当たり確率が高くないスロットマシンで、数回の試行中にたまたま当たりが出た。そのため、よく当たると勘違い |
ここでポイントとなるのは以下です(引用します)
悲観的な勘違いには気付くチャンスがありませんが、楽観的な勘違いにはあとから気付いて修正できるのです。
タスクのメリットを平均で比較すると、「今までに経験したことの平均で判断しているので、今までたまたま運が悪いと悲観的な勘違いをしてしまいます」。
悲観的な勘違いには気付けないので、「判断を楽観側に倒すことでバランスを取」ります。
この考え方の原理は、不確かなときは楽観的にと紹介されました。
2021年に入った時点の考え:ハイブリッド開催に挑戦したい
「不確かなときは楽観的に」、この考え方を知ってからPyCon JP 2021の形態を再び考えたとき、2020と同様にオンライン開催というのは平均で判断していて、悲観的な勘違いをしているかもしれないと気づきました。
そこで、(過去の実績はいったん脇において)最良の場合のメリットが大きい形態はなにか考え始め、ハイブリッドに至りました。
私の意見としては、2020年からのwith COVID-19はもう少し続き、PyCon JP 2019のような大型のオンサイトカンファレンスにはまだすぐには戻れないと考えています。
これまでとは違う形式のカンファレンスを模索するために、2021年にハイブリッドに挑戦することは2022以降のPyCon JPにもつながると考えました。
また、考え始めた時期は、勉強会・カンファレンスがCOVID-19以前のオンサイト開催からCOVID-19下のオンライン開催に切り替わったと言える状況で、ハイブリッドはあまり事例がない状況でした。
それを踏まえて、「エンジニアコミュニティとしても未知なハイブリッド開催に挑戦することで、Pythonコミュニティの外にも知見を共有できるというメリットがある。だから、ハイブリッド開催をやりたいと言おう」と腹をくくりました。
なお、途中で諦める可能性は最初から考慮していました。
途中で諦めるというのは最良の場合ではないですが、スタッフに知見は溜まって2022以降に活かされるので、「失敗」ではないでしょう。
また、2020と同様のオンラインカンファレンスは半年あれば準備できると実績から分かっています。
これらから、最良でない結果になることを恐れずにチャレンジしようと考えました。
最良でない結果のリスクヘッジとしては、ハイブリッド開催を小さく試すこともしました。
10/15(金)の午後半日だけとし、スタッフのリソースが厳しい4と分かったり、COVID-19感染状況を見て難しいと判断したりしたら、いつでも切り離せるようにしていました。
脱線:強化学習、そして、両利きの経営へ
「不確かなときは楽観的に」には学術的な裏付けもあるそうです。
『エンジニアの知的生産術』では、強化学習における「探索と利用のトレードオフ」が紹介されています。
このトレードオフを解決するために提案されている原理が「不確かなときは楽観的に」だそうです。
探索と利用とは
- 探索:未経験の行動をする
- 利用:過去の経験を活かす
と理解しました。
これらはトレードオフなので、「バランスよく実行する必要がある」そうです。
片方に偏ると
- 「『過去の経験から一番良いと思う行動』ばかりをしていたのでは、もっと良い行動を見つけることができ」ない
- 👉探索が足りない
- 「『未経験の行動』ばかりをしていたのでは、過去の経験が活かせ」ない
- 👉利用が足りない
となってしまいます。
英語では、探索はexploration、利用はexploitationですが、これを見て『両利きの経営』を思い出しました。
両利きの経営とは経営学の理論で、「成熟した大企業・中堅企業がイノベーションを起こす」ことを扱います。
企業活動における両利きは、主に「探索(exploration)」と「深化(exploitation)」という活動が、バランスよく高い次元で取れていることを指す(入山氏による解説より)
exploitationは「深化」と訳されていますね。
不確実性の高い探索を行いながらも、深化によって安定した収益を確保しつつ、そのバランスを取って二兎を追いながら両者を高いレベルで行うことが、「両利きの経営」である。(入山氏による解説より)
両利き(探索、深化)という概念のルーツは認知心理学とのことですが、強化学習にも経営学にもこれらの語が登場しているのは面白いです。
終わりに
PyCon JP 2021 ハイブリッド開催の秘密は『エンジニアの知的生産術』で知った「不確かなときは楽観的に」という考え方です!
私はこの考え方に基づき、「ハイブリッド開催にチャレンジしたい」ととにかく言い続けました5。
ハイブリッド開催ということは、オンラインとオンサイトという2つの会場の準備や接続の設計が必要です。
この点は例年より大変で、大きな負荷がかかってしまったスタッフもいるかもしれません。
2日間の会期を終え、ハイブリッド開催を実現させたスタッフチームにはめちゃくちゃ感謝しています。
ありがとうございました!
参加した方からの、ハイブリッド開催への感想も嬉しく拝見しています。
ありがとうございます!
『エンジニアの知的生産術』を読んでいなかったら、いま感じている「ハイブリッド開催を実現した!」という手応えはなかったと思います。
一冊の本との出会いが、「堅実に(=未知を回避して)タスクの平均からオンライン開催」という私の考え方を変え、劇的な体験をさせてくれました!
こういうことがあるから読書って刺激的だなと思います。
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決まったのは、(仮ですが)2021年2月です。PyCon JP Blog: PyCon JP 2021 カンファレンス開催日程仮決定のお知らせ↩
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本の中にベル形の分布が出てきます。この図が「メリットの分散」をつかみやすいと思います。↩
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デスマーチにしたくない(持続可能な形にしたい)という想いもあり、リソース的にハイブリッド開催準備が厳しくなったら諦める考えでスタッフにも共有していました。このあたりは書けたら別の記事にします。↩
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座長になって数ヶ月して、(2021のチームを機能させるには)「座長は〇〇したい」を言うのが必要なんだなと悟ったというのもあります(ただこれはシルバーバレットではないと思っていて、来年も座長が同じように動くのがベストかは分かりません)↩